日本の住宅には欠かせない、瓦。
瓦が日本に伝えられたのは、588年ごろのことです。


百済からお寺を作る技術者、寺工(てらたくみ)と一緒に、瓦博士である麻奈父、奴陽貴、文陵貴、文昔麻帝弥の四人が渡来したという記述が日本書紀に残されています。


日本で最初に瓦が使用された建物は、蘇我馬子が建てた法興寺(飛鳥寺)です。

596年に完成し、その後、遷都に伴って710年に平城京(現在の奈良市)に移転され、元興寺と名前を変えて今も現存しています。



ここ若狭でも瓦の製造が行われていました。
若狭瓦の生産が本格的に行われるようになったのは江戸時代の初期で、小浜城築城の頃からだと考えられています。

若狭瓦は、だるま窯という独特の窯でいぶし焼きにして造られます。特に相生から口田縄地域にかけては、良質な粘土が採れ、河川沿いで川舟運搬に適していた為、若狭瓦はこの地の代表的な産業として栄えていました。

しかし住宅産業の変化や後継者不足により、残念ながら2010年に生産が終了してしまいました。





北海道小樽市の指定歴史的建造物の中にも若狭瓦が用いられていたようです。
旧名取高三郎商店の大棟鬼瓦に刻まれた「瓦製造商/若狭遠敷郡口名田村/四方吉次郎」の文字。
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歴史的建造物の瓦の葺き替え工事の際にこの刻印が見つかったとのことです。



若狭で焼かれた瓦が北前船に載って、遠く北海道にまで届けられていました。
寒さが厳しい北海道で活躍するほど、若狭瓦は耐久性に優れた良質な瓦だったのでしょう。